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アメコミホリデイ

アメリカンコミックスの魅力に目覚めて以来、日々楽しく周辺文化に接しています。アメコミに関して感じたことをつれづれ綴っていこうと思います。 なにぶん始めたばかりのブログですので、お気が向きましたらリンクや記事のご紹介等して頂けますと、とても励みになります。

『バットマン/ミュータント タートルズ』感想

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小プロより邦訳版が発売された『バットマン/ミュータント タートルズ』を読み終えた。

バットマンとティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズの記念すべき初共演作である。

 

これが、総じて非常に良く出来ていた。ライターのジェームズ・タイノン・4世の作品はスコット・スナイダーバットマン本誌のタイインで何本か触れていただけだったので、大した印象を持っていなかったのだが、私としては本作によって一挙に好感の持てるライターへと変化した。

 

スコット・スナイダーの作品は順調に邦訳されおり、そのクオリティには感心するばかりである。しかしそれゆえ、ジェームズ・タイノン・4世に関しては、スコット・スナイダーの助手的な立ち位置に思っていた節があり、若干侮っていたのだ。

 

実際、ジェームズ・タイノン・4世はスコット・スナイダーのサラ・ローレンス大学での教え子であり、師匠であるところのスナイダーが、教え子の中から特に相性が良く力量がある者をフックアップしているのだろうと考えられる座組がバットマン誌では採用されている。

 

スナイダーの担当するバットマン本誌が過去篇『ゼロイヤー事件』シリーズをタイトル通り一年掛けて連載している最中、ジェームズ・タイノン・4世がスナイダーとの共作という形で現在時のバットマンを描く別誌『バットマン:エターナル』誌を担当し、同時期一年間を使った長編を描いているのだ。残念ながらこちらはこれから邦訳予定であるので、ジェームズ・タイノン・4世の力量を測るにちょうど良い彼氏の担当する本編ストーリーは未読なのである。そもそも実物を読まないことには、どのような割り振りで二人がライティングしたのかもわからないのだが。

 

とはいえ無論バットマン本誌を任される程であるのだから、その技量に問題は無かろうと思ってはいたが、彼氏には誠に申し訳ないことに、それ以上ではあるまいと勝手に思い込んでいたのだ。実際、梟の法廷編やエンドゲーム編などでは、スナイダーと緊密に連携を採った丁寧なサブストーリーを手掛けており、優れたライティングを見せていたが、補助に徹した器用なライティングゆえに、その域を出ることはなかったのである。

 

特にエンドゲーム編では、その性質上トラウマティックな風味を装った話が多く、またこれも性質上致し方ないのだが、とはいえドラマ性そのものは低くならざるを得ない話が多かったことが災いし、書き手本人への好感に結び着き辛かったのだ。

 

全体の構成としてはスナイダーが舵取りをしているのだろうという想像も出来た上に、スナイダーの本編は対ジョーカー戦と聞いて即座に連想されるような陰惨な事件の予想を裏切る、豪壮華麗なスペクタクルアクション大作としての気風を“表面上”纏うことを企画の旨としていたため、ジェームズ・タイノン・4世のタイインは若干汚れ仕事を引き受けているような不憫な感じが漂っていたのである。

 

もちろん物語の内容ではなく、性質の話だ。カットしても問題ないがあると嬉しいという程度の、冗長な演出部分を担当させられているという意味で少々貧乏くじを引いている。

 

そもそも良質なサブプロットというものは、メインプロットの流れそのもののに影響を与え、有機的に昇華されるものとされている。しかし、かのタイインはそうはなっていない。完全なる脇道であると言える。正確にはサブプロットではなく、おまけの挿話ということだ。そしてメインのストーリーの流れを断ってしまう形での挿話の過剰な挿入は良いこととは言えない。

 

より細かく言うと、ジェームズ・タイノン・4世が担当した、ジョーカーの正体を幻惑するための短編集というのは、意味的にはスナイダー本編の“写真”サスペンスシーンを敷衍したものでしかないのである。タイインだから良いが、これが映画なら完全にカットするか、圧縮したほうが良い部分だろう。映画とコミックスを混同してはいけないが、スナイダーのライティングは回を経るにつれ、映画脚本的な要素が増えていくのである。

 

アメコミのタイインにも様々な目論見を持ったものがあり、本来おまけに徹するのはむしろ正統派のタイインと言えるのだが、スナイダーのライティングが際立ってスマートなため、他の者が手掛けたストーリーよりも、サブ編に対して冗長さの感覚が浮上してしまいやすくなるということもある。その上エンドゲームでは広義のタイムリミットサスペンスまで採用したスピーディな展開を採用していたため、通しで読むとよりその傾向は強まる。なんと損な役回りだろう。

 

以上のように、これまではジェームズ・タイノン・4世に大いに不利な接し方をしてきてしまったのだが、翻って『バットマン/ミュータント タートルズ』である。今回、本編をまるまる担当したジェームズ・タイノン・4世のライティングは、実に生き生きとタートルズバットマンの交流を描けており、素晴らしいものなのである。

 

バットマンの行動理念に関わる“家族”というキーワードをモチーフに、タートルズの面々とバットマンが衝突、理解、共闘するに至る流れを過不足ない王道の展開で見せ、自由奔放なミケランジェロと彼を躾けるアルフレッドなど、魅力的な絡み方をするキャラクターたちの様子を楽しげに描いている。

 

しかもその衝突、理解、共闘をする部分はタートルズ各員の性格により温度差があり、それぞれの個性を自然に活かす形で本筋のプロットを進行するように留意しているあたり、非常に丁寧だ。

 

特にラファエロが粗暴なだけのキャラクターではなく、しかも彼が何を一番大切に思っているのか、という部分をよく理解しているからこそのライティングが展開されており、彼の変遷こそがドラマ上のキーとなる。そしてこれはタートルズ作品お馴染みの展開でもあるのだ。理詰めで考えても必然的にそういう割り振りをされやすい人物像ゆえでもあるのだが、キャラクターの心情に寄り添うことで、むしろアーキタイプの物語の軌道に自然に載ることが出来ているという風にも見える。

 

アーキタイプの物語というのは、ジョセフ・キャンベルが言う所の神話的構造を持った物語のことであるが、本作はまさにその流れに則ったプロットが展開される。クライマックスに絶体絶命のピンチを置き、それを脱するためのリスクを伴う解決策を提示する。そしてリスクを取った瞬間のキャラクターの心情の変化を絵的に見せるなど、ジャンルフィクションの王道と呼べるようなスタイルが採られているのが非常に好ましい。

 

最後の心情変化の瞬間が“共闘”のタイミングと同期していればなお良かったが、そこまではいかず、タートルズバットマンが共闘するタイミング自体は早い段階に設定しているのも、むしろ美点といえよう。ヒーロー同士の共演もので何かと言うと彼らを凄絶に対戦させようとする企画が多い中で、本作は却ってフレッシュな雰囲気を醸し出しており、これに関しては恐らくかなり意図的なものではないかと思う。比較的楽観的なタートルズの作風にもマッチしていて非常な美点である。

 

邦訳本同封の作品解説によると、アーティストのフレディ・E・ウィリアムズ2世は子供の時分よりタートルズがお気に入りであり、コミック版を模写するなど、深く親しんでいたそうである。実際、タートルズ各員の微妙な輪郭や体型の違いなどのディティール表現が凝っており、読んで納得の愛情が込められているのであった。そしてジェームズ・タイノン・4世のライティングも負けず劣らずハートフルであり、両者のかみ合いも抜群である。

 

しかし惜しい点もある。せっかくミュータジェンの活動衰弱…平たく言えば、普通の亀に戻ってしまうかも、という、ドラマに大きく活用できるような設定を思いつきながら、実際には特に絵的な変化を見せていないのだ。彼らに迫り来る脅威が口頭説明の範囲に収まってしまっており、これは非常にもったいない。これこそは実際にタートルズたちの形態を衝撃的に変化させ、何かしら理由をつけて逆転復活させておくべきであった。 この辺は彼らへの愛情ゆえか、追い込みが不足している部分である。絵的な面白さが目減りする上に、サスペンスが緩んでしまっているのが惜しい。

 

また、全体が丁寧に手堅くまとめられているだけに、化学反応的な驚きは控えめである。大タイトル同士のコラボであるからこそ、思わぬ脇役達同士のクローズアップや、本流とは関係ないやり取りが輝く場合があるのだが…。

 

しかしながら本作はエルス(別世界)ものではないという点も特長である。バットマンタートルズ共に、明確な時系列は示されないものの、しっかり現行シリーズの世界観の一部としてクロスオーバーしているため、そもそも枠外に余りに大きくはみ出すような事を起こそうというつもりもないのであろう。むしろよく知る世界の中で“本当に起きた”出来事なのだという実感的な嬉しさがあり、それが大きな魅力にもなっている。その点は企画の上での美点であり弱点とも言えよう。もしかすると前述したミュータジェンの件などは、本当は普通の亀に戻す展開などもしたかったが、そこまではちょっと…とタートルズ側からのドクターストップがかかったのかもしれない。

 

何にしても、大胆さよりは手堅さを積極的に採用し、ケレンを意図的になるだけ盛り込むものの、あくまでそれを全体構成の枠内に収めようとする辺り、やはりスナイダー一派ではあるな、という感慨を持ってしまうものである。

 

とはいえ、ジェームズ・タイノン・4世はジャンルフィクションの型というものに、ちゃんとした敬意を払える人物であるということが分かったことは大きな収穫であった。これより邦訳本の発売される『バットマン:エターナル』誌を楽しみにしているが、彼氏への大いなる好意と共に読み進められそうである。

 

そして以上のようなことは、恐らくスナイダーは、それこそかなりジョセフ・キャンベルが提唱するところの神話的構造学や神話そのものに関して学び込んだことが窺える点とも付合する。スナイダーはサラ・ローレンス大学やコロンビア大学で脚本を教えているわけだが、その弟子筋であるジェームズ・タイノン・4世が、それこそジョセフ・キャンベル的な神話的構造論を駆使して脚本を執筆することに成功しているのは、なるほど納得であるし、神話的構造論を脚本執筆へ役立てることの有効性の立証ともなっている。

 

ちなみに本作はDC社とIDW社によるコラボ企画の第2弾である。第1弾は『スター・トレック/グリーン・ランタン』で、こちらも綺麗にまとまった優れた小品であったが、何分こちらは人数も規模も多いため、全6号構成では濃厚な描写が難しかったのであろうか、ややダイジェスト風味であった。そういう状況でこそ活きるのが“思わぬ脇役達同士の本筋へのクローズアップ”なのだが…そこまでは思い切れなかった模様。『バットマン/ミュータント タートルズ』の方がその点は有利な状況であり、キャラクターの心情に寄り添った活き活きとした描写がしっかり用意されている分、コラボ感は強くなっている。

 

しかし『スター・トレック/グリーン・ランタン』の方は、とにかく見立てが良い。スター・トレックグリーン・ランタンとは、なんと親和性の高い心踊る組み合わせであろう。企画の時点で結構な勝利なのである。こちらも意外にも初コラボとのことで、思い入れのあるファンは楽しめることであろう。

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http://www.startrek-movie.jp

ちなみに私は『スタートレック:ビヨンド』を初日鑑賞後、誇りも高き宇宙艦隊のシンボルマーク型ピンバッチを胸に輝かせながら『スター・トレック/グリーン・ランタン』を購入し、映画の余韻と共にお気に入りのコーヒーショップでこのコミックスを楽しんだものである。非常に満足。思い返すも幸せな1日であった。

 

スター・トレック/グリーン・ランタン (ShoPro Books)

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バットマン/ミュータント タートルズ (ShoPro Books)

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